
利益の実績値を決めるものは?
「事業の管理指標(KPI)はどうやって決めたらいいんですか?」というご相談をいただくことがありますが、他のご相談と比べると多いとは言えません。理由については推測の域を出ませんが、今までずっと使ってきた指標に特段疑問を抱いたことがないだけかもしれません。
以前、上記のようなご相談をいただいた際に、一般的なお作法を押さえておくべきだと思い書籍や文献を調べたことがあります。管理指標の管理の仕方については多くの文献が見つかったのですが(週次で会議をする、目標と実績をグラフにして壁に貼り出す、など)、指標の設定の仕方については「事業に合わせて最適なものを選択する」といった程度で、具体的な設定方法は見つかりませんでした。
これまで多くの企業の事業運営の中で、管理指標を決めるということはそれほど重要視されてこなかったのかもしれません。大切なのは戦略を作り実行することであって、管理というものは実行された結果を記録・集計するだけに過ぎない、と思われてきたのかもしれません。
経営学者の三品和広先生は著書の中で「戦略は利益の最大値を決定するだけで、実績値を決めるのは管理である。戦略が優れていても管理が拙ければ、結果は出ない。」(注1)と書かれていますが、優れた管理は利益を実際に出すための必須条件です。であれば、どう管理するか(How)だけではなく、何を管理するのか(What)についても十分な検討を経た上で決めなければ高収益は望めない、ということになります。
P/Lを組織単位に分解してKPIを設定するのはなぜ良くないのか
そのような重要な指標が実際にどのように決められているのかというと、ほとんどの企業では、損益計算書の項目を分解して各組織の役割にフィットするものを管理指標にするというものでしょう。
この方法は実務的にとても便利です。組織の単位と指標が対応しているので指標達成の責任をその組織の責任とすることができますし、損益計算書を分解しているので各組織の指標の達成度合いが損益計算書の着地見込みにどう影響するのかを予測しやすくしてくれるからです。
一方で、損益計算書の項目はどの企業も変わりませんので、組織構成が似ている企業は(日本企業は同じ業界だと同じような組織構成になりがちなので)管理指標も似てくるという現象が生じます。
事業戦略の目的は競合と差別化することですが、その戦略を管理する指標が似てしまっては向かう方向も同じになり、当初の戦略の意図と異なり、結局は同業者と同質化してしまうことになります。
「組織構成が違えば管理指標も違うからいいんじゃないの?」という意見もあると思いますが、それは組織が戦略に従って設計されている場合はその通りです。しかし、組織が過去の経緯や社内の政治的力学で設計されているような場合には組織(指示系統、業務執行)が戦略的意図を凌駕してしまい、どんな戦略的意図もそれとは別の文脈で作られた組織単位の管理指標に置き換わってしまうのです。
そのようなことにならないようにするためには、管理指標をいったん損益計算書の項目や組織構成とは切り離し、シンプルに事業戦略を達成するために管理しなければならないものに設定することが必要になります。
利益の拡大再生産ループがうまく回ることを管理する
事業とは何か、については色々な切り口があるため色々な定義がなされますが、利益創出という切り口で言えば、
事業とは、利益を上げるために様々な打ち手を組み合わせて繰り出し、その結果得た利益を打ち手の強化のために再投資するという「拡大再生産ループ」を回すこと
と言うことができます。
管理指標は、この拡大再生産ループがちゃんと回っているか(機能しているか)を管理するためのものでなければなりません。と言うことは、管理指標を検討する前に、自社の事業において構築しようとしている「拡大再生産ループ」を理解する必要があります。ですが、拡大再生産ループというものは抽象概念なので、目に見えるものではありません。そこで、この拡大再生産ループを可視化するためのフレームワークが必要になります。
それが「動的ビジネスモデル」です。
動的ビジネスモデルは、「実践シナリオプランニング」(注2)という書籍で紹介されていたもので、様々な打ち手が最終的に利益獲得につながりそれを再投資して好循環プロセスを生む仕組みをシステム思考のダイヤグラムのような形で図示するものです。
例えば、ディスカウントストアだとこのような図が描けます(個社の競争優位の要素はここには含んでいません。)

この図で重要な点は、行動指標と結果指標を分けることと、それぞれの因果関係を矢印で繋ぐことです。利益を上げるためには、行動指標の寄せ集めではなく、行動によって生まれた結果に対してさらに行動(打ち手)を追い打ちしていくことで利益創出への道を強固にする必要があります。
したがって、利益の実績値を出すために管理しなければならないのは、(1) ちゃんと行動したか、(2) 行動によって期待する結果が得られたか、(3) 利益を再投資したか、であり、特に重要なのは(2)の行動と結果の関係性を分析することです。
多くの会社が損益計算書から分解した結果指標を目標値として設定し、その達成のために打ち手を考案するというやり方でKPIを設定していると思いますが、それでは単に損益計算書の予算通りに実績が着地するか、を管理しているに過ぎません。
本来の経営管理とは、利益の拡大再生産ループを描き、それぞれの矢印が機能しているのかを継続的に検証し、機能していなければその原因を突き止めて改善することです(各部門の計数の集計係ではありません)。そして、新たな行動を考案しそれを結果に結びつけて拡大再生産ループを増強するのが経営企画の仕事なのです。
もし、管理指標を組織に合わせてしまっていたり、管理指標を財務会計に合わせてしまっているなら、ぜひ一度、御社の拡大再生産ループを可視化してみてください。これまでなぜやっているのか分からなかった活動にどういう意味があるのかを発見することになるでしょう。
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注1: 三品和広「高収益事業の創り方(経営戦略の実戦(1))」東洋経済新報社
注2: 池田和明、今枝昌宏「実践 シナリオ・プランニング―不確実性を利用する戦略」東洋経済新報社
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