
動きが読めない相手だからこそ分析する
以前のブログでも書きましたが、弊社にご依頼いただく調査・分析案件の約80%は顧客に関するもので、競合に関するものは20%未満です。
競合について調べる動機は、シェア争いに勝つためです。したがって、シェアが固定化した国内の成熟市場では競合について詳細に調べる動機が低くなるのは当然です。競争相手のやることはほぼ読めるし、仮に予想外のことをしてきたとしても顧客は当面使い慣れた商品を使うので急激にシェアを奪われるということはないし、その間に類似商品を出せばまた元に戻る、そう考える企業も多いと思います。
そのため、商品開発や販売促進についても、過去の延長線上の施策や競合他社がやっていることに追随していけば、市場規模の成長率だけ自社の売上も成長できる、という考えになりがちです。
しかし、そんな太平の世は長くは続かず、元寇や黒船がおいしい市場を求めてやってくるのが歴史の常です。そして、日本企業も国内市場の成長が鈍化する中、成長著しい海外市場に進出して海外企業と戦い市場シェアを奪取することを求められます。
元寇や黒船と戦うのが難しいのは、戦い慣れた日本企業とは違う動きをしてくるからです。ちなみに、弊社は中国市場の調査を多く行っていますが、中国企業の資本力、意思決定とキャッチアップのスピード、新しいものを取り入れる柔軟性、市場支配欲とスケールは日本人とは別次元だなぁと日々感じています。
いろいろな業種のご担当者の方々とお話しさせていただいていると、みなさん同じような別次元感をお持ちです。しかし違うのは「動きが読めないからどうしようもないな」と思うか、「どうやったら動きを読んで機先を制し、反撃を未然に防ぐことができるだろうか」と思うか、つまり「姿勢」です。
「アトラトルさん、ちょっと大袈裟じゃないかな。新興企業がいろいろ市場を崩そうとしてウロチョロしているけど、品質も営業力もマーケティングもまだまだだからすぐに対応しなくても問題ないんじゃないの?」と言われる方もいらっしゃいます。
しかし、イノベーションのジレンマのように、当初は大したことはないと高を括っていた新興企業が国内・海外を問わず市場シェアを大きく伸ばし、もともといた企業が狭い上位市場に追いやられてしまうというケースはこの20年間でさえたくさん起きました。
自分たちが防御側か攻撃側かに関わらず、相手が勢いに乗る前に手を打たなければあとでシェアを奪い返すことは容易ではありません。特に、感覚的に動きの読めない別次元の相手であればこそ、早めに客観的な情報にもとづいて分析する必要があるのです。
自社の動きなら予測できる?
競合企業を分析しようという時、その企業が上場企業であればIR資料を入手し、売上高、利益、商品ラインナップ、事業用資産、展開地域、社員数などを調べることが多いと思います。これらは基礎的な情報として知っておかなければならないものです。しかし、これだけでは動きを予測するところまではいきません。
ここで止まってしまう場合がとても多いのですが、そんな時にはこんな頭の体操が有効です。それは、
「自社の動きだったら予測できるのだろうか?」
弊社はクライアントとディスカッションする際、「例えば、いま中国・台湾の新興企業が御社の半分の値段で客先周りをしているという情報が入ったら、御社はどういう行動に出ると思われますか?」と聞いてみます。すると、う〜んそうだな〜どうするだろうな〜と腕組みしながら目をつぶって15秒ぐらい考えたあと、大抵はスラスラ回答が出てきます。
「まずは営業がネガティブキャンペーンをするでしょうね。『あの商品は安かろう悪かろうですよ、品質悪いですよ』って言って回ると思います。でも、そこまでの品質を求めていないお客さんは安い商品に飛びついちゃうんです。その場合は、『特別価格です』と言って2割引きの価格を出してもいいから取り返せ、となるでしょうね。そのあとその競合が諦めて激安価格で売らなくなったら価格を元に戻すと思います。」
「でも、それだと利益率が落ちてしまうので、低コスト・中品質の商品を開発することになると思いますか?」
「いや、それはないでしょうね。うちはずっと高品質、つまり壊れにくさを売りにしているので、『安くしましたが、その分壊れやすくなりました』というのは開発側がOKしないと思います。」
このような感じで、大抵の場合は自社の動きなら詳細な分析をしなくても80%ぐらいの確信度で予測することができます。では、どうして自社の動きなら予測できるのでしょうか。
優先目標・制約・サイクル・市場の見通し
そもそも企業の行動はどうやって決まるのでしょうか?社長の一声という方もいるかも知れませんが、社長に聞いてみてください。社長は「私の指示がそのまま実行されたことなどない」と言うでしょう。
大企業でも社長が自社の変革を掲げて「変わらなきゃ!」的なスローガンを打ち出すことがあります。しかし実際に変革が実現されるにはものすごく長い時間がかかります。
それは企業には「真の優先目標」「制約」「業務や意思決定のサイクル」があり、それが各社員にトラウマのように染み付いているために、意識がそれに逆らおうとしても無意識の力が働いて元に戻されてしまうからです。
そして、行動をいつ起こすかは、その企業が「市場の先行きをどのように見通しているか」に左右されます。
先ほどの例を題材に、具体的に見ていきましょう。
まず、その企業がどういう行動に出るかは、最優先で追い求める目標によって変わります。表面上は「営業利益●億円」と目標を掲げていても、経営会議で営業利益よりも「売上はどうなっているんだ!」と言う議論ばかりしていたら、組織としての行動は利益よりも売上優先になっていきます。
この企業の場合、真に最優先の目標は「市場シェア」でした。上記の会話にも、「(利益率が落ちてもいいから)取り返せ、となるでしょうね」という言葉が出てきました。利幅が薄いローエンドの顧客層ならあえて取りに行かないという選択肢もあるわけですが、この方は自社が利益率よりも市場シェアを優先させることを知っていたので、価格を下げてでもシェアを取りに行くと予測したわけです。
では、「中品質・低コストの商品を作らない」という予測はどうでしょうか。これは「制約」の理解に基づいています。制約には2種類の方向があります。1つは「やりたいけどできない」。もう一つは「やりたくないけどやらざるを得ない」です。
「できない」制約には、以下のものがあります。
時間・場所的制約(使える時間がない、場所がない、場所が遠い、など)
金銭・予算的制約(自由になるお金がない、成果が一定以上確実に見込めないと投資しない、など)
知識・技術的制約(知識や技能がない、技術がない、など)
心理・社会・文化的制約(リスクがあるので踏み出せない、世間から悪く見られたくない、過去の成功体験から生まれた企業文化を変えられない、など)
なぜこの方は「うちは中品質の商品を作らない」と予測したのでしょうか。この企業は高品質の商品を作れるのですから、中品質の商品を作ることは技術的には可能です。しかし、これまで品質を高めることに何年も注力してきた技術者は品質を下げて顧客からクレームを受けるリスクを極度に嫌がります(心理的制約)。
また、「やらざるを得ない」制約には、以下のものがあります。
保有・支出し続けなければならない(資産、人員、商品ラインナップ、部品在庫、固定費など)
一貫性を維持し続けなければならない(市場へのメッセージ、ブランドおよび価格、過去に販売した商品との互換性)
この企業の場合、今まで「うちの商品は高品質です。安心してお使いいただけます。」とメッセージを出してきたところに、「高価格品より安いですが、品質は変わりません」と言うメッセージの商品を出してしまうと、今まで過剰品質の商品を買わされていたのか?と思われてしまいます。一方、「これまでの商品からは品質が劣るので安いんです」と言ってしまうと、長年かかって築き上げた「高品質ブランド」に傷がついてしまいます(少なくとも傷つくことを恐れます)。これらは一貫性の維持からくる制約です。
また、「競合が価格競争を諦めたら自社は価格を戻すだろう。」という予測はどうでしょうか。この時は景気が悪く在庫がダブついていました。したがって買い手が価格交渉力を持っていました。しかしこの業界では、景気が上向くとすぐに欠品が発生したり長納期になります。するとすぐに売り手市場になり、価格交渉力が売り手に移ります。
この企業はそれを知っていたので、「今は景気が悪いうちに低価格戦略の競合をジリ貧に追い詰めて追い出そう。そして、1年後には景気が上向くだろうから、その時には価格交渉力が自分たちに戻ってくる」と考えるだろう、と予測しておりそれが社内に浸透していました。
逆にもし不況が長く続くと考えていたら、特別価格を元に戻せるタイミングが遅くなるのでそういう行動には出ないだろうと予測する方が合理的です。何れにせよ、企業の行動は、その企業が市場の先行きをどのように見通しているかに影響を受けるということです。
最後に、この会話には出てきませんでしたが、その企業の業務や意思決定のサイクルを知ることも予測のための重要な視点です。
開発に3年掛かる重厚な商品を作っていた企業が、急に開発期間半年のライトな商品を作れるようにはなりません。また、大きな投資は年度末の予算編成で決定されるという企業が少なくありませんが、そのサイクルに従わずに大きな投資の決定をするということは企業内の秩序維持上難しいでしょう。組織には慣性の法則が働き、長年染み付いた業務のやり方を簡単には変えられないものだからです。
このように、企業の動きを予測するには、様々な情報ソースから
真に優先する目標(Priority)
制約(Constraint)
業務や意思決定のサイクル(Cycle)
市場の見通し(Prospect)
を推測することが必須です。
先ほどの企業の方は、明確に4つの要素を意識されていたわけではありませんでしたが、各要素に関する自社の情報を持っていたため、急に振られても動きを予測できたわけです。
しかし、競合の場合、急に「今度日本に進出してきた中国の競合がどんなことを仕掛けて来るのか、3日以内に分析結果を出してくれ」と言われても、そう簡単にはいきません。日頃から体系的・継続的に情報を収集し、競合企業について4つの要素を推測しアップデートしておくことが、長期的な競争優位を保つためには不可欠です。
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